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紋章憑き~第四章【風の紋章憑き・ナスターシャ】~

  第四章【風の紋章憑き・ナスターシャ】

 リーンハルス城、城壁上部。格子が付けられた横に幅広い開口部。中から外へと、良い香りのした白い湯煙がもやもやと立ち上る。
 優に百人は入ることが出来そうな位な大湯殿。
 基本的に城の外部内部の造りはレンガ造りなのに対して、湯殿の造りはかなり手の込んだものになっていた。
 大理石らしきものを加工したモザイク調の床に、壁には神殿柱が使われ、大湯殿の中央部分に湯殿のメインである大浴槽があった。
 世界広しと言えど、ここまで立派な造形をした湯殿は、大多数の美女を擁するリーンハルスであるからこそであろう。
 さて、そんな大湯殿を現在、『風の紋章憑き』のナスターシャが独占で使用中であった。
 平和だ。入浴用の薄手のシルク生地に身をくるんだナスターシャは、湯船に漬かり至福の時を過ごしていた。ナスターシャに勝る程とは言わないにしても、誰もが美女と認める程の女性をずらりと周りに侍らせる。
 この女性達、今は侍女としてナスターシャに仕えているが、湯殿から出れば忽ち『風の紋章憑き』の衛兵にへと早変わりする。
「――随分と外が騒がしくなってきたな」
「あ、はい。どうやら不審な者が現れたとかで先程ガイナ様が向かわれたので、そのせいかと」
「ほう、ガイナの出る幕を用意するほどの者か?」
「いえ、いつものことかと」
「……そうか」と湯船から上がったナスターシャは、身に纏ったシルク生地を取り、一糸纏わぬ姿になった。
 裸のナスターシャを侍女達が囲むと、失礼しますと言い、慣れた手つきでナスターシャの体を洗い始めた。
 まあ、しかし、洗うとは言っても専用用具などは無く、『手』なのだが。これが、少し見ようによっては卑猥に見えてしまうから大変困ったものだ。
 侍女達は湯桶にお湯を汲んでは手ですくい、肌に塗り込むようにナスターシャの体を清めていく。
「……あいつの何でもかんでも首を突っ込む性格は直りそうもないな?」
「はい。でも、そこがガイナ様の素敵なところなんです」
 ナスターシャの問い掛けに、ナスターシャの左腕を洗う侍女は同調するも、ほんの少しだけ不機嫌そうに、ガイナを擁護した。
「これは失礼した。そう言えば、おまえはガイナのことを好いていたな」
「……はい」
「あいつは他に類を見ない程の愚鈍で鈍感な男だからな。そしてお前はお前で少し消極的なところがあるからな……。こればかりは、お前が勇気を出して積極的にいかないとな。お前達もそう思うだろ?」
 これに、右腕、右脚、左脚を洗う侍女は、はい、と答えるのだが、声のトーンが明らかに沈んでいた。
「積極的に、ですか? でも……私どうすればいいのか全く……」
「簡単なことではないか」
「え?」
「我らの掟を逆に利用すれば良いだけのことだ。先に既成事実を作ってしまえばガイナも何も言えん」
「掟を……利用ですか?」
「そう、ガイナの唇を奪えば良いだけだ」
 さも当然とばかりに言う。
「そ、そんな……唇なんて……」
 恥ずかしさでポッと顔を赤らめた侍女とは対照的に、怒りに近い感情に顔を赤らめた侍女達が一斉に声を張り上げる。
「ず、ずるいっ!」
「そんなの卑怯だと思います!」
「だめぇ!」
「な、なんだいきなり大声を出して!」
「ナスターシャ様は一人だけ贔屓になさるおつもりですか!?」
 右腕を洗う侍女が言う。
「は? 贔屓? いや、私は別に誰かを特別贔屓するつもりは……ん? もしかして、お前達?」
「私もガイナ様が好きです」右腕を洗う侍女が言う。
「わ、私もです……」右脚を洗う侍女が言う。
「大好きです!」左脚を洗う侍女が言う。
 真顔で顔を真っ赤にした侍女達を、ナスターシャはキョトンとした表情で見る。
「……ぷっ、あっはははははは――」
 ジワジワと込み上げてくるものを抑えきれなくなり、吹き出すと大きく笑った。
 唖然とする侍女達。
「――そ、そうか! そうかそうか! あは……あははっ……ガ、ガイナの奴、けしからんな」
「……笑いすぎです」
 ぶすっとした顔で言うも、誰一人とてナスターシャの体を洗う手は休めない。
「悪い悪い。まさかお前ら全員がガイナを好いてるとは思ってもいなかったのでな。いやいや、それにしてもガイナがこれほどまでに人気があるとは意外だったな」
「そうですか? ガイナ様、恐らくアルベセウス様よりも人気ありますよ?」と右腕を洗う侍女が言う。
「……本当か?」
 ナスターシャは初めて知る意外な事実に驚いた。
「はい、本当です」
 ここでナスターシャの体を洗い終える。
 仕上げへと、各々が桶を手にし、お湯を汲むとナスターシャの体へ、そーっと掛け流す。
「アルベセウス様がお嫌いとか、人気が無いとかではないんですよ? それ以上にガイナ様の人気がすごいんです」
「アルベセウス様もそれはもう大変素敵なお方です。けど、少し冷たい感じがして」
「あー……、確かにな。あいつはなぁ……人との付き合いをあまり得意とせんからな。まあ、これは性格的なものだから仕方ないだろう」
「私もガイナ派ですね。ガイナでしたらあなたの『相手』として私も許せます」
 ナスターシャの憑き神である『風神ミュアブレンダ』が割って入る。
 女性は色恋話が好きと言うが、どうやら神であるミュアブレンダも例外ではないようだ。
「……ふ、何を言うか馬鹿馬鹿しい」
 え? と侍女達が聞き返す。
「ん? ああ、どうやらミュアブレンダもガイナの方が好みらしいぞ」
「ですよねー!」
 侍女達は自分の立場も忘れて、はしゃぐ。
 それを見たナスターシャは「そうだな……」と考えた。
「よし、少しばかり私が力を貸してやろう」
 何か策が閃いたナスターシャはニコリと笑う。
「本当ですか!?」
 侍女達は嬉々として、ナスターシャの言葉に食い付いた。
「少しだけだぞ? 最後の肝心な所はお前達が自分の力で頑張るしかないぞ?」
 頑張ります、と拳を作る侍女。『肝心な所』の意味を理解し萎縮するも覚悟を決める侍女。四者四様それぞれ違った反応を見せるが、辿り着く答えは同じのようで、ナスターシャは、うむ、と頷き返した。
「では、その策とやらを教えてやろう――」

 そう言ったとき――
 湯殿の内壁が発破をかけたように激しく割れ砕け散った。
「何事だ――!?」と声を上げたナスターシャが真っ先に振り返ったところに、ガイナによってぶっ飛ばされた隼人が突っ込んでくる。
「くっ!」その物体が何なのか、理解するよりも早く体が動く。
 しなやかに体を極限まで仰け反らせ、隼人との衝突を回避する。刹那、ナスターシャが口を開く――「ズィータ(貫け)」――口内で青色の光が弾ける。舌に刻まれた『風の紋章』獅子に似たような生き物に大きな翼を携えた、キメイラのエンブレムが力を解放する。
 ナスターシャの口から解き放たれた強烈な渦状風波の一撃が隼人の脇腹に打ち込まれる。
「っ! あ、あわっわ……あうあっ!」
「ナ、ナスターシャ様っ!」
 しかし、ナスターシャの体勢に少し無理があったようだ。解きはなった一撃の反動に自らが堪えきれずに背中から床に倒れると、そのまま後頭部を床に打ち付けてしまう。
「あがあぁぁっっ!」
 隼人の体が天井高くまで打ち上げられる。
 突き刺さる痛みに表情を歪めるが、それでも竜の皮膚の硬度は相当のものか。鋭利鋭いスクリューブロウは着ている衣服を巻き込み剥ぎ取るだけで、体を貫通することなく弾け散った。
 意識朦朧とする中、受け身を取ることも儘ならぬ隼人は頭から落ち、顔面で衝撃をまともに受けることとなった。頭からは血が流れ、濡れた床に滲み広がる。
 ……厄日かよ。
 今日何度目かの顔へのダメージに、何をするのも考えるのが嫌になった隼人は、仰向けに寝転がったままに瞬きするのも忘れ、天井の黒ずんだ染みを意味無くただ見つめていた。
 これはもはや運だな。どんだけオレ不幸なんだ、と。
 クソ重たくなった思考も少しずつ軽くなってくると、当に視界に捉えていたモノが今更認識し始めた。
 一、二、三、四。顔を引きつらせた四人の女性が隼人を囲むように立っていた。しかも皆が素っ裸で。そのどれもが豊胸。隼人の生まれ育った国では、まずお目に掛かることは稀であろう。少なくとも、これほどの乳を隼人は生まれてこのかた一度も見たことはない。あ、アカン。これはアカン。なぜか西の方言が頭の中で木霊する。
 詳しい状況は分からないが、隼人が場違いな立場だということは明白であった。
 とりあえず。目を瞑ろうか。隼人はスケベではあっても良し悪しの判断が出来る礼儀あるスケベなのだ。
 大きく息を吸って吐いて――
「ごめん! すぐ出ますんで!」
 むにゅ。
 慌ててその場から離れようと体を捻り起こした隼人の手が、異様に柔らかい何かにめり込んだ。
 ……な、何だこれは。超新素材の床か何かですか? 滅茶苦茶柔らかくて、それでいて張りもある。やばい。この感触すごく気持ちいい。
 隼人の背中の紋章を目にしたが故に周りの女性は唇を震わせる。そして何よりも……あの、あの、あの国民的英雄の一人であるナスターシャが――
 恍惚とした表情の隼人。誰がどう見ても変質者のそれであった。
 恐らく、隼人は気付いているであろう。埋める指先の先に何が存在しているのか。所詮、スケベに礼儀などあるわけもない。雄の持つ本能に抗えるわけもない。
 閉じた瞳が、ダメだと思いつつも怖々しく開いていくと、眠っているのか気を失っているのか定かではないが、隼人の下に見知らぬ女性がいた。ナスターシャであった。濡れた髪は乱れ、頬に張り付き艶めかしく見える。
 心なしかナスターシャの頬はほんのり朱に色付き、ささやかに開いた唇からは微かに熱を帯びた吐息が漏れる。それは隼人が指を動かすたびに繰り返されていた。
「……ぁ……っ……ぁあ……」
 ダメ。ダメダメダメダメダメダメ。と、理性は訴えるが本能はそうさせてはくれない。隼人は大きく唾を飲んだ。あ、圧倒的じゃないか。それは乳に限定したものではない。染み一つない肌は病的に白く、それは決して大袈裟でもなく正に『透き通る肌』。『透き通るような白い肌』ではなく、今隼人の目には紛れもなく、その肌が透き通って見えているのだ。
「――もし? 聞こえますか?」
 隼人の思考にラルファとは明らかに違う、女性の低く澄んだ声が割り込んできた。
「……もし? 聞こえませんか?」
 ナスターシャに魅入ってしまっていた隼人は女性の一度目の問い掛けを無意識に聞き逃すが、二度目の問い掛けでピクリと体を動かせる。
「えあ? だ、誰だ?」
「ああ……やはり、あなたは紋章憑きのようですね。その背中の紋章、私の記憶にないもので少し疑心に思っておりましたが、こうして私の声が聞こえてるということで不安も晴れました。――申し遅れましたが私、そこで気を失っておりますナスターシャ・セレンディーテの憑き神、風のミュアブレンダと申します」
 落ち着き丁寧な物腰を感じさせるミュアブレンダの声に、
「あ、こ、これはどうもご丁寧に。オレは赤時隼人って言います」
 隼人はナスターシャの胸に置いた手はそのままに姿無きミュアブレンダに小さく頭を下げた。
 あまりに堂々と独り言を始めた隼人を目にした四人の女性は、その行動が紋章憑きに特有されるものであると重々と理解しており、隼人の背中の紋章を目にしつつも、まだ半信半疑であった思いも、それにより認めざるを得なかった。
「ところでつかぬ事をお聞きしますが。アカトキさんの憑き神とは? 先程から接触を試みてはいるのですが、一向に反応が返ってこようとはしませんので」
「! そうだラルファだ。……あいつのことすっかり忘れてた。おいラルファ? 聞こえてるんだろラルファ。……ラルファ? ……おいラルファ? ラルファ!」
 周りの女性達が大きく体をビクつかせる程、かなりの声でラルファの名前を連呼するが返事が返ってくることはなかった。
「ラルファ? ガイナが表で紋章憑きとやりあっていると聞きましたが――」
「オレ、ですね」
「流れからいって当然ですね。で、そのラルファとは……もしかしてラルファエンクルスのことを仰っているのでしょうか?」
「そうですよ。そうなんですが……なんか、居なくなってる? みたいで。おーいラルファ~……」
「そうですか。ラルファもようやく、この地に降り立つための紋章憑きを見つけ出すことができたのですね……良かった……本当に良かった」
「……マジで居なくなってるな……う~ん」
 慣れたと言うか、意識の大半を乳よりもラルファの方へ持っていかれた隼人はナスターシャの胸から手を離すと、どうしたものかと頭を掻いた。それを見た侍女の一人が隙有りと思いつつも、怖ず怖ずと自分の体を隼人に晒すのもいとわずに体を屈め、ナスターシャの美しい裸体にシルク生地の布を掛けてあげた。羞恥の表情を作る侍女と目があった隼人は極力見ないように視線を逸らす。相手が嫌がることはしない。流石、紳士なスケベである。
「……いえ、これは居なくなってると言うよりも……アカトキさん、もしかしたら表でガイナにカタストロフィーを使用されたのでは?」
「カタストロフィー? でっかいハンマーのことですよね。もしかしたら何も……おもいっきり腕に喰らいましたよ……んで、ここまでぶっ飛ばされたんですから……くそ」
 攻撃を受けたであろう腕は広く青紫色に変色しており、解すようにさすり揉む。思い出しているのか、聞き取るのが難しいくらいの小さな声でブツブツとガイナに毒突く。
「やはりそうでしたか……いえ、ちょっと待ってください……なら……どうやってアカトキさんはナスターシャの放った一撃を弾いたのでしょうか?」
「そんなことオレに言われましても。え? あのハンマーって何か特殊ってヤツなの?」
「あ、これは申し訳ありませんでした。それでは簡単にご説明させていただきます。ガイナの持つカタストロフィーは攻撃を加える対象である紋章憑きのみならず、思考の奥に存在する憑き神をも対象としているのです。紋章憑きであるアカトキさんはカタストロフィーの一撃を防ぎきれたようですが……なんの予備知識も無いラルファは構える間もなく、その一撃をまともに受けてしまったかと思います。アカトキさんの負ったダメージと違い、精神系統に支障を負わせるといった点で、これにより死んでしまうとまではいかないにしても、それでも意識の混濁欠落が生じ、最低半日近くはラルファの意識は戻ってこないかと……」
「ふぅん……そうなんだ。うん、まあ……それを聞いて少しホッと出来ましたよ。何せ、こんなこと今まで無かったから――もしホントに居なくなってたらオレどうすんのって話ですよ――」
「いえいえ。話はまだ終わっていませんよ」
「え? まだ何かあるんですか?」
「あります。むしろ、私にはこれから話す内容の方が重要ですから」
 ミュアブレンダは、一度コホンと軽く咳払いをすると話を進めた。
「いいですか? 紋章憑きとは、憑き神の意思を受け継ぐことによって、決して人が手にすることが出来ない程の強大な力を手にするのです。つまり、その源である憑き神の意思が届かない状況が出来てしまえば、そこで紋章憑きはただの人へと戻ってしまうのです。ですので、今意識の無いラルファの紋章憑きであるアカトキさんには『竜神』と謳われたラルファの力は一切受け継がれておらず、ただの人の状態なんです」
「……はぁ」
「それなのに、なぜただの人である状態のアカトキさんが紋章憑きであるナスターシャの一撃を、ああもあっさりと弾くことが出来たのですか? 決して自惚れるわけではありませんが、あの一撃を喰らってはガイナでさえただでは済まないのですから。これは一体どういうことなのでしょうか?」
「ど、どういうことと聞かれても……ねえ? オレ何もしてないし? ……ちょっと答えようがないですね……あ」
「何か分かりましたか?」
「いや、分かったというか……多分、乱丸が関係してるんじゃないかな」
「ランマル? それはなんですか?」
「あ、でも、多分の話ですよ? 今思いついたばかりで確証も何もないですから」
「ええ、それで構いません。是非続けてください」
「それじゃあ話しますけど――オレ、ラルファの他に乱丸って名前の竜がいるんです。ラルファ自身が認めてるから言っちゃうけど、ラルファより力のある竜みたいですよ、乱丸」
「……それは本当のことで? 私達……神と呼ばれる者達の、その上をいくモノがいると言うのですか? ……にしては、そのランマルというモノの反応が全く感じられないのですが?」
「あ、ああ……乱丸なら今頃はどっかそこら辺りの空を散歩してると思いますよ」
 ミュアブレンダは我が耳を疑った。まさか具現化しているというのか。
 乱丸と呼ばれるモノがこの世界で与えられている立ち位置は不明だが、少なくとも『神』と謳われる者達を越える存在など、長い歴史と共に生きてきたミュアブレンダでさえ知らない。
『神』である者達が、この地上世界で力を振るうには面倒なことに紋章憑きを立てなければならぬのだ。しかも、それとてやはり完全とは言い難い。何せその『神』の力を扱うのは神自身ではなく紋章憑きなのだ。『神』の意思と紋章憑きの意思が完全に同調することなど、まず無い。そのため、『神』の持つパフォーマンスをフルに発揮することは出来ないのだ。解決するにはもはや意思の融合しかない。つまりは不可能なのだ。
 ――それが、だ。その乱丸とやらは己の持つ力を隼人に与えるだけではなく、自身もがこの世界に存在するという。
 そして。
 ひとまず、乱丸が『神』のカテゴリーに位置するのかどうかの問題は置いておくとして、乱丸の持つ力は『神』をも越えると言う。しかも、その力を量るための対象となった『神』は、生半可な力量の持ち主ではない圧倒的戦闘力を誇るとされた『竜神』なのだ。ミュアブレンダは例えようもない戦慄を覚えた。

『この広大な世界には、神々の数だけ『支配者』となりうる『紋章憑き』が存在する』

 もし、もしもだ、隼人の口にしたことが事実であるとすれば、長き歴史に渡る世界の定説が大きく覆ることになる。イレギュラー――未知の『外来支配者』が存在してしまうことになってしまう。
「ふふ……」
 隼人がこれをどう捉えたか定かではないが、自嘲気味に笑うミュアブレンダであった。
 が、「……そうですね。これは逆に好機と捉えるのも……いいのでは……」何やらボソボソと一人つぶやき始める。
「……都合の良いことにナスターシャも……」
「え?」
「……この国の未来繁栄の礎となることでしょうし……」
「……」話は終わったのか? だとすれば長居するのも悪いと、隼人は腰を上げた。ミュアブレンダとの会話で何とか意識を逸らしてはいたが、今の隼人の置かれている立場は先程から何ら変わらず、とても危ういと言うことだけは忘れてはならない。
「あ……あの……」
 恐る恐ると侍女の一人が声を掛けてきたのだが、当然ポンなわけで隼人は目のやり場に大いに困った。見ないように逸らした先にもポン。男にとっては正に夢の世界、そして正に生き地獄。おあずけを喰らった犬状態。『見て楽しむ』の限度を遙かに超えていた。
 その上に、湯殿に立ち込める甘い香りが曲者で。もう完全な女性空間が出来上がっているのだ。アロマの香りだと想像してもらおうか。
 隼人の暮らしていた現代日本には、アロマの香りを用いた身体と心を落ち着かせるリラクゼーションがある。これまで隼人自身、アロマの香りを嗅ぐ機会は何回かはあったが、それも精々キャンドル一本で鼻腔をささやかに擽る程度のもので、これほどまでに濃密に甘い香りに包まれたことは無かった。四方八方でアロマオイルが焚かれている環境と言おうか。1時間いや三十分と、この湯殿に閉じこもれば間違いなく身体の肉深くにまで香りが染みついてしまうだろう。そして湯殿内はホワワと火照るような温度である。
 それら相乗作用が隼人にもたらすのは『癒し』などではなく『癒(ら)しい』、これまでしたこともない性的興奮であった。
 それでも隼人は頑張った。
 性的欲求に我慢できるのが人であり、我慢できないのが畜生なのだ。
 オレは人だ人だと、ここで襲えば犯罪者、お前は畜生に成り下がるんだぞ。と自分に言い聞かせひたすらに耐える。
 ホント紳士は辛いぜ。オレが紳士だから良いものを……ここにいるのがオレだから良いものを……お、お、お前ら普通だと襲われてるんだからな! と、既に股間はフルバーニングの隼人は心で泣いた。大いに泣いた。号泣。
「みゅ、ミュアブレンダ様は……なんて仰って」
「え? あー……んー……色々? ……それより、なんか色々と悪かったね」
 ポンから逸らす意味でも視線を上へ泳がせて内容を思い返すが、笑って曖昧に返す。
 それを見た侍女達は一様に、アレ? 悪い人なんだよね? と、小さな違和感を覚えた。
 正直、『風の紋章憑き』の衛兵が皆が皆こんな感じでは、衛兵としてどうなんだと思ってしまうのだが。今回はミュアブレンダがワンクッション入ったために、隼人に対しての嫌悪感、恐怖心、敵対心など負のイメージは弱くなっていたという理由も無きにしもあらず。……かと言って国防上に置いてそんな理由がまかり通るわけがないのだが。
「あのさ……ところで、それ、隠せないのかな。ちょっと目のやり場に困る。出来るなら隠して欲しい……いや、どうぞ見てくれって言うのなら喜んで見るけどさ」
 極力意識をしないように頑張っていた侍女達であったが、隼人の一声によって羞恥の感情が再び大津波の如く押し寄せてきた。
 侍女四人は、恐らく湯殿の入り口であろう方向へ、ベタタタタタと水飛沫を上げながら慌てて駆けていく。
「……ぷ、ぷりっぷりやないか」
 張りも形も申し分ない艶やかな四つのお尻を眺めて、大層ご満悦な隼人であったが、やはり物足りぬ隼人であった。
 ところで――
 隼人は視線を床へと落とす。邪魔者? と言う言葉が適切かはこの際どうでもいい。侍女達の存在が消えてる今、隼人は思う存分にナスターシャへと目を向けることが出来た。
 既に身体にシルク生地が掛けられているおかげで、そこへの興味は削がれ、必然的に興味は顔へと向けられるのだが、その美しさは隼人が今まで出会ったどの女性よりも美しく、比べるなんて烏滸がましく、比べられる方は堪ったものではない、てんで勝負にならないと、隼人は呆れ気味に溜め息を吐いた。出会えたことに感謝すると共に、これから隼人が付き合うであろう、まだ見ぬ未来の彼女候補達に対して、ナスターシャと比較してしまうんだろうな、と後悔もした。
 あー、あれだ。こう言うのを“高嶺の花”って言うんだろ? 隼人は卑屈に笑った。
「そうでもありませんよ?」
「え? あ、いたの」
 気の滅入った隼人は、言葉遣いを直すのが億劫になったのか忘れたのか、ついついいつもの口調で返してしまう。
「そうでもないって、何がですか?」
「ナスターシャのことです」
「この人? この人の一体何がそうでもないんですか?」
「あら、私の思い違いなのでしょうか? ナスターシャの顔をジッと見つめていましたから、もしかしたらと思ったのですが」
「いやいやいやいや、確かに見てたけど、そんな気はないですから」
「本当ですか? ただ――顔は、まあ悪くはないですけど、生まれも育ちも低級下層の境遇で素養もあまりよろしくなく、そのため最上貴族であるナスターシャに強い引け目を感じ、自分の今のズタボロに汚く見窄らしい格好とを見比べると、とてもとてもナスターシャと自分は釣り合いが取れるわけもない。ああ……この胸に芽生えたナスターシャへの思いはこのまま、整地もされず荒れ果てた雑草生い茂る土に、腐りかけた丸太を一本ドスンと刺しただけの墓の下へ持っていこう――とアカトキさんは泣く泣く引いているのでは?」
「……あんた、それはいささか言い過ぎだと思いますぞ」
 凹む隼人をよそに、ミュアブレンダは話を続ける。
「出来ますよ。あなたのものに」
「出来るって、何が?」
「ナスターシャをあなたのものにすることが出来ます」
「……は?」
「まどろっこしい説明も何ですから……では、とりあえずですが――ナスターシャと口吻を交わしてください」
「……は?」
 何が? 何が『とりあえず』なの? キス? キスってとりあえずでしていいものなのか? 普通にキスは嬉しい。が、唐突に言われて何の不審も抱かないというのも無理がある話だ。突飛な良い話には何かしら裏があるもの。赤時隼人、なかなか侮れないスケベなのかもしれない。しかし股間はフルバーニング。
「は? ではありません。したくないんですか? このナスターシャとキス、したくないのですか? ナスターシャを自分のものにしたくはないのですか? 絶世ですよ? そんなナスターシャを、アカトキさんはものに出来るチャンスを今得ているのですよ? 何を躊躇する必要などあるのですか?」
「躊躇なんてしてないし! 直ぐにでも出来るし! ――ただ意味が分からないんですって、なんでいきなりキスになるんですか」
「だから『とりあえず』と言っているでしょう。とりあえず、キスをしてナスターシャを目覚めさせてくれないと話が進まないのです」
 少し苛つくミュアブレンダは、『とりあえず』嘘を吐いた。
「……もっと意味が分からなくなった気がするんですが」
 キスで目覚める? 童話の世界じゃあるまいし、馬鹿馬鹿しい。そんなファンタジーみたいな話あるか――と口にしようと思った時、一言のフレーズが頭を過ぎった。
 ……そういや、ここってファンタジーじゃね?
 そう思うと、後はもの凄いスピードで自分に都合の良い方へ良い方へと考えを進めていった。
 某人気宮○駿作品ラ○ュタ主演パ○ーよろしく、
『ファンタジーは本当にあったんだ!』
 今は亡き某映画評論家水○晴○の名ゼリフよろしく、
『ファンタジーってほんっと良いですね!』
 たとえミュアブレンダの言ったことが嘘にしても、オレ悪くないでしょ? ちゃんとした口実出来てるし。
 たとえ裏が存在しようも、やらずに後悔よりも、やって後悔したいじゃないか。
 やらなくて失敗したことは何も得るものがない。敢えて得るものが有るとすれば、行動を起こさない起こせない――意気地のない心くらいなものか。見方によっては慎重だとも捉えられるのだが。
 オレはそんなつまらぬ人生歩みたくない。歩みとぉないぞ! お前の座右の銘はなんだ? 言ってみろ。死なばもろとも猪突猛進、だろ? なら……行くしかないよな。やるしかないよな? やるさ。ああ、やってやるとも! 自問自答を繰り返す隼人は覚悟を決めた。
「……ホントにしちゃっていいんですか?」
 隼人は唾を飲んだ。
「問題有りません。これは『人助け』なのですから」
 そうだ。だよな! 人助けだ。要は人命救助。これはキスじゃないんだよ、分かるか? 人工呼吸なのだよ。マウス! トゥ! マウス! なのだよ! ――と、まあ、キスに必死な隼人であった。
 マウス! トゥ! マウス!
 隼人はしゃがみ、両の膝を付くと、もう一度二度と唾を飲み込んだ。
 いよいよキスかと思われたとき、ある問題が隼人を悩ませた。
 この姿勢のままでキスするのも、何か間抜けっぽくないか? もうちょっと、こう……ロマンチックさが欲しいな。と、直ぐに隼人は動く。
 隼人は身を屈めると、ナスターシャの背中、膝裏へ手を差し入れ、そーっとナスターシャの身体を持ち上げ、そのまま床へ腰を下ろした。座った状態でのお姫様抱っこというか、それにほぼ近い体勢を作った隼人は、よしよしと達成感充実に満足げな表情を浮かべた。
 腕に掛かるナスターシャの重みが、生肌の感触が、現実を実感させる。
 隼人の腕に抱かれるナスターシャ。
 意識なく、俯くナスターシャ。隼人はその顎に左手を添えると上を向かせた。
 自然に下ろした瞼はまるで隼人からの口吻を待っているようにも見えた。
 極上のシチュエーションに隼人は酔い飲み込まれる。
 止まらない……止められない……。
 隼人は吸い寄せられる……ナスターシャに……。
 唇に……。
 ……その唇に隼人は唇を重ねた……。
 湯殿用の白いローブを纏って戻ってきた侍女達は絶句した。
『三神』が一人。風のナスターシャ・セレンディーテが、その美しき裸体を異性に抱かれ、何と言うことか、唇を奪われているではないか。しかも相手が全くの見ず知らずである隼人という。あまりの急展開に思考が滅茶苦茶になる。
 ナスターシャの背中へ回した腕に力がこもる。
 唇の感触を探るような、そんな優しいキスから始まった。
 閉じた唇がささやかに開き、寝息が隼人の口腔へと移される。
 もの凄く甘美な味がした。ような気がした。
 隼人は唇を僅かにずらし、ナスターシャの下唇を啄むように甘噛む。
 唇を離すと、鼻先触れる距離のままに、眠り続けるナスターシャを見つめ、また唇を塞いだ。今度は強く押し付ける。
 隼人の舌が――ナスターシャの唇を強引に割って開き、差し込まれる。
 進入して直ぐにナスターシャの舌に触れる。少し長めの隼人の舌がナスターシャの舌を絡め取る。ナスターシャの舌に刻まれた紋章が、何とも言えない独特で気持ちの良い感触を与える。
「……っん」
 ナスターシャの瞼が震え、喉がコクリと鳴る。
 別の所からも唾を飲み込む音が聞こえた。ミュアブレンダだ。
「……こ、これは……口……吻?」
 言葉に詰まるミュアブレンダは、また唾を飲んだ。
 私は――そう、確かに口吻をするように促しはした。それは認めよう。そして望んだとおりに互いの唇は重なり合ったわけだが……これは口吻と呼べるのか? 舌が、舌が入っているではないか。え? もしかしてナスターシャの口の中で舌と舌が触れ合っているというの? ポツリと艶混じった声で呟く「……すごぃ……」
 唇の隙間から見える、艶めかしく動く舌の動きに魅入ってしまったミュアブレンダは何度も、コクリ、コクリと喉を鳴らす。心の音が異常なまでに膨れあがるまで興奮していた。
 ――そしてこちらも。
「……や、やだ。な、なにか……このキス……」
「……うん、すごくエッチ……かも」
 侍女達はオロオロと狼狽しながらも顔は紅潮し、視線は『婚儀』とも呼ばれる神聖なキスシーンに釘付けになっていた。ここに居る侍女達全て、キスをしたことは疎か、見たこともないのである。初めて目にしたキスが、コレである。想像していたキスは……もっと、こう……お互いが恥ずかしい気持ちになって、それでいて幸せを感じて……愛に包まれるというか……ロマンチックな雰囲気? を醸し出す――それが侍女達が抱いていた、神聖な儀である――夢のキス。
 それがどうだ。今、目の当たりにするキスの卑猥さと激しさは。侍女達は度肝を抜かれたといっても過言ではないくらいの衝撃を受けていた。
 実際、隼人の行っていたキスは少しばかり度が過ぎるというか、ファーストキスにはあまり似付かわしくないキスであることは否定しない。一種の愛情表現であるキスとは違い、性行為を連想させてしまう――ディープなキスに近いものがあった。まだ完全なディープにならないのは、ただ一方的にナスターシャの唇を求めた隼人が、一人勝手にナスターシャの唇を蹂躙しているからだ。互いの気持ちが高揚し互いに合い求め合うとき、よりディープなキスに近づく。それでも、この、隼人にとってまだまだ普通のキスが、ウブすぎる侍女達に与えたインパクトは計り知れないものがあった。
 もし、もしも、この隼人のキスを見て好意的に感じてくれていたとすれば、この先いつになるのかは分からないが、侍女達のファーストキスがもしかしたら、物足りないキスの味になってしまうのかも……しれない。
 それだけ、この国リーンハルスのペガサス隊のみならず、国民が持つキスというもののイメージは神聖なものであるのだ。
「こ、これって……キ……スなんだよね? 何か……いけないことしてるみたい」
「う、うん……で、でも……」
「うん……」
「……なんか、いいかも」
「……素敵。ガイナ様も……このような激しいキスをなさるのかしら」
 ナスターシャの右腕を洗っていた侍女は知らず知らずの内に、指が唇をなぞっていた。 その声に同調するかのように他の三人の顔の赤みも一層濃くなった。
 どうやら隼人が見せるキスは好感を持たれたようだ。
 ガイナ様と……。ガイナ様と……。ガイナ様と……。ガイナ様と……。
 隼人をガイナに、ナスターシャを自分へと置き換えてウットリとする侍女達であった。
 当然それにより、困る人物が一人いた――
 外で、隼人が出てくるのをまだかまだかと耐えて待つガイナ。
 「うぇ……ぇえ……ぅぶえっくしょん!」
 豪快のクシャミをかましたガイナに悪寒が走るが、別段気に留めることもなく「風邪か?」の一言で済ませたのであった。

 もう少し見ていたい。後ろ髪を引かれる思いだがそうも言っていられない。
 ミュアブレンダは目的である『婚姻の儀』の完遂を成し遂げるために次なる一手に入る。
 ――さあ、目覚めましょうか――
 ミュアブレンダはナスターシャの脳に、痛みと錯覚させた特殊な刺激を与える。普段ではあまり使われることのない、戦場で意識を失った主の意識を――危険から回避させるために――咄嗟に戻すための方法だ。微々たる刺激ではあったがそれでもナスターシャの意識を呼び覚ますには十分な刺激であった。
「ぅ……んん……」
 晴れる意識。ナスターシャは重く閉じた瞼をゆっくりと開いていく。
 まだ寝ぼける意識より先に、ぼやける視界が徐々に照準を戻していく。
 その先には、ナスターシャの前には見知らぬ男の顔がいっぱいに映っていた。
「……え? えぁ……ぁんぐっ! ……んん!」
 一瞬わけが分からず混乱するナスターシャは声を上げた。つもりだったのだが、上手く言葉を発することが出来ない。口が何かによって塞がれていた。『何か』とはなんだ?
『何か』とは……この目の前の男……か? 男の『何』が私の口を塞ぐのか。
 ナスターシャの身体が反応を返したことに気付いた隼人は、閉じていた目を開いた。
 この時初めて二人の視線が混じり合った。隼人の目が弧状になる。微笑んでいた。
 なんだ、その目は。ナスターシャはその目を嫌って勢いよく顔を背けた。重なり合っていた唇も離れる。
 顔を背けたナスターシャがキッと隼人を睨んだ。……が。
「……逃がさねぇよ」
「――んんんっ」
 隼人に顎を掴まれたナスターシャは強引に前を向かされ、また唇を塞がれてしまった。
 力一杯暴れた。しかし、自分が思っているほどにナスターシャの身体は拒否反応を示していなかった。隼人の放った「逃がさねぇよ」の一言に、ナスターシャは射抜かれていた。
「逃がさねぇよ」のフレーズが何度も頭の中で繰り返される。
 逃がさない? ……どういうことだ? この男は……私を、『逃がさない』と言っているのか? ……もしかしてこの男は私を奪いに来たと言うのか? だから、私の唇を奪ったのか? 『掟』を利用してまで……この男は私を欲しているのか?
 ナスターシャの胸が生まれて初めてキュンと高鳴った。今まで感じたことのない感情が膨れあがってくる。
 ――また私の前に映る男が微笑んだ。今度はなぜか逸らそうとは思わなかった――
 生まれて初めて、異性に屈服させられていた。そう、それは色々と滅茶苦茶な順序ではあるが、ナスターシャは恋に落ちてしまっていた。
 理解は一瞬。そして驚愕に恐怖に興奮。
 私は何に驚愕した? 目の前の男に?
 私は何に恐怖した? 目の前の男に?
 私は何に興奮した? 目の前の男に?
 私はなぜ興奮する? それは怒りで? 違う?
 じゃあ、なに? 分からない? 違う? 分かる? けど……認めたくない?
 ……こんなにも容易く心を奪われているなどと……認めたくはない。
 ……だ、誰だ。この男は一体何者なのだ。至近距離なんてものではない。男の顔がまざまざと目に焼き付いてくる。とてもじゃないが耐えられそうにない。……なぜ私なのだ……。ナスターシャは堪らず視線を逸らした。顎に添えられていた隼人の手は、いつの間にかナスターシャの手を、指を絡ませるように握っていた。
 悪くない。むしろ好感触な反応に、
 うほうほっ、うほほほほっ。これってもしかしてイイ感じじゃないの? オレ、もしかしてイケてる? ラルファにミリーナに、そして今。何気に確率変動来てる? 今年キター? オレの年キター? キチャッタノー!? 心ハピネス踊りまくりの隼人だった。

 ……は?
 ナスターシャの思考が停止する。
 ナスターシャの視界の先、捉えたのは侍女達の姿だった。
 爛々と目を光らせる侍女達。嬉々としてがっつりと魅入っている様子の侍女達。
 見……て……る……の……か? ……え? ……は? ……え? 見られて……るのか? と、言うか……なぜお前達はそんなにも嬉しそうな顔をしているのだ?
 ナスターシャはあまりの非現実的な状況に頭がどうにかなってしまいそうだった。
 こんな姿見られたくない。……頼む。お願いだから見ないでくれ。
 少し泣いているようにも見える。悲痛な眼差しで侍女達に訴えるナスターシャであったが、しかしそれは全くの逆効果。初めて見せるナスターシャの苦悶する表情は、扇情的なワンシーンに新たな刺激を加えるスパイスにしかならなかった。
 ナスターシャの痴態を心底嬉しそうに観賞する侍女達に、貴様達……仕事はどうした。貴様達の『仕事』はなんだ? と、沸々と怒りが湧いたナスターシャであった。
 そして理不尽に、侍女達に向けた怒りが隼人にも飛び火する。
 ナスターシャは視線を侍女から隼人へと戻した。
 なぜ、今なのだ?
 別に今でしかならない、この場所でしかならない理由などないだろう? 状況が変わってもお前のキスを受け入れる。とは流石に言い切れぬが、だからと言って……チャンスは今しかないとお前は思ったかもしれんが、もう少し私の気持ちと立場というものを考えて欲しかったな。
 矢先。ナスターシャの目がパチクリした。ムンズと心臓を鷲掴みされた――そんな例えがピッタリなくらいに驚いた。咄嗟に唇を離したナスターシャは驚きの表情を見せたまま唇を拭い、今まで以上に強く隼人を睨み返した。こればかりは嫌悪感が大きく勝っていた。
 隼人はやっちゃった感ありありに、苦笑いを浮かべた。
「き、貴様……い、い、いいいいい今、わ、わわわわ私の、くくくくち、くち、くち、口に、な、なななな何を入れようとした!」
「……し、舌?」
 次の瞬間、身を捻って繰り出した右拳が隼人の鳩尾に突き刺さった。肩を震わせたナスターシャが立ち上がる。ハラリと身体を覆い隠していたシルク生地が床に落ち、隼人に裸体を晒すが気にも留めず。それほど、自分でも何がなんだか理解できないままに、条件反射的に出た一撃だった。いきなりの強奪キスはナスターシャ自身も良い気持ちになった感もあり、辛うじて? 許せていたが、ディープキスの無い世界で隼人の取った行動は、完璧にあだとなった。調子に乗りすぎた。
 顔のみならず、身体全体を怒りと恥ずかしさ、そして若干のテレで紅く染め上げたナスターシャが仁王立ちで隼人を睨み付ける。
「げほっ……けほ……ち、ちょっと、待て! ち、ちちち違う! 違うぞ! 違うんだぞ!」座ったまま後退り、勢いよく立ち上がる隼人。
「こ、の……下衆が――っ!」狙ったのか偶然か定かではないが、ナスターシャは聞く耳持たんと言わんばかりに隼人の股間を蹴り上げた。
 か……はっ、と言葉を残した隼人はグリンと白目を剥き、プツリと糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。その痛みはガイナから喰らった一撃が可愛く思えるほどの破壊力であった。
 いったい今何が起こったのか。目が点になる侍女達。
 竜の紋章憑き、それはあまりにも早すぎる敗北であった。
「ナスターシャ落ち着いて! 少し落ち着いてください。大丈夫。大丈夫ですから」
 雄のシンボルが破壊されては企みもご破算となってしまう。静観して事を見守っていたミュアブレンダが慌てて止めに入った。
「だ、だ、だ、大丈夫だと? こ、こいつは私の口にししし、舌を突っ込もうとしてきたんだぞ! 一体これのどこが大丈夫だというんだ!」
「いえ、だから大丈夫……なんです。えっと……もう既にあなたの口は彼の舌を受け入れています」
「……は?」
「だから、受け入れてます」
「……は? な、何を?」
「あなたが気を失っている間に、そこの彼があなたの口の何から何まで奪ってしまってます。信じられないと言うのなら、ほら、そこに並んで見ている四人の侍女達も証人ですよ? どうぞ聞いてみればよろしいでしょう」
 ナスターシャはミュアブレンダの言葉に倣い、ゆるりゆるりと、ぜんまいの切れかかった人形のように首だけを動かし四人の侍女へと視線を向ける。
「……お、おいお前達。い、今話していたことは本当のことか?」
「え? は、話していたこと……とは?」
 突然何の脈絡も無しに話を振られた侍女達は、困り果てた表情で隣同士顔を見合わせる。
「だ、だから話していたことだ! ミュアブレンダが言っていたことは本当かと聞いているのだ私は!」
 そんな無茶な。紋章憑きでない人間が『神』の声が聞こえるわけが無い。そんな当たり前過ぎる事さえ分からなくなっているナスターシャに侍女達はほとほと困り果てるが、それでも何とか、ナスターシャの気迫に臆しながらも侍女の一人が怯え怯えに問い返した。
「い、いえ、あの……そのミュアブレンダ様は何て仰っていたので? 申し訳ありませんが私たち紋章憑きでない人間が『神』のお声を聞くのは……無理でして。故に、ナスターシャ様がそのように余裕が無いと言いますか……なぜそんなに必死になっておられるのか、私たちには全く見当も付きません」
 同時に三人の侍女達もコクコクコクと何度も頷く。
 至極ごもっともな指摘に、ぐうの音も出ないナスターシャはばつの悪そうな表情を作る。
 ミュアブレンダの言っていたことを侍女達にちょいと説明すれば言いだけの話。たったそれだけのことなのだが、なかなか『それだけ』とは言えないわけで。舌を入れていたというのは本当なのか? と言葉にしたつもりが、ナスターシャの口は意に反して強情に口籠もり、まともな言葉を発することが出来ていない。でも、頑張った。
「……し、舌、舌、舌。し、ししし舌舌舌、し、しし舌をい、いい……いいいい、入れ入れたというのは、ほ、ほ、ほほ、ほほほほほほほ本当のことか?」
 侍女達はぼそぼそと話し合う。文字に書き起こせていれば何ら難しい事ではなかったのだが、あまりにもナスターシャのどもり具合が酷く、正確に聞き取れた自信を侍女みんなが持てなかったのだ。
「……えと、舌……ですか?」侍女の一人がそう言いながら自分の口元を指差す。
「……そ、そうだ」
 また侍女達はぼそぼそと話し合う。
「要するに。ナスターシャ様は――口吻をなさってる時に、このお方が舌を指し入れたかどうかをお聞きしたいのでしょうか?」
「……う、うむ。そうだ。……で? 実際ど、どうなのだ。ミュアブレンダの言っていたことは本当なのか? ……い、入れ……たのか?」
 一旦顔を見合わせた侍女達は、直ぐに顔をナスターシャへ戻すと若干遠慮気味に頷いた。
 そして、出来た侍女達はフォローを加えることもキッチリ忘れない。
「……で、でも! すごく良かったです! もの凄く情熱的で……何て言うか……その……お怒りになるかもしれませんが……正直私はお二人のキスに魅入ってしまいました」
「な、な、何をふざけたことを」
「本当です! 今まで周りから聞いていたキスとはあまりにもかけ離れたキスでしたから、最初は驚いてしまいましたが……あぁ、この人はこんなにも強く強くナスターシャ様を想っているのか……と感じてしまう程、愛を表現出来た素晴らしい口吻でした」
 ディープキスに対して、自分が感じていたのとは真逆である絶賛の反応を見せる侍女達に驚きつつも、それがまるで自分が褒められているようで悪い気がしなかった。
「な、何を馬鹿なことを……そ、そもそも、私はこの男ことなど微塵も知らぬのというのに……」
「それは……これから知っていけばよろしいのでは?」
「これから、だと? それは一体どういう意味で言っている?」
「え? 意味もなにも……」
 またまた侍女達は顔を見合わせる。
「口吻なされましたよね?」
「……あ、ああ。確かに……してしまっていたな。し、しかしこれはだな」
「いいえ。例えナスターシャでも例外を作ることは許されません!」
「いや、ち、ちょっと持たないか。少し冷静にだな」
「待ちませんし落ち着いてます。私達隊の掟は絶対です! 結婚です!」
「くっ! みゅ、ミュアブレンダ! 私はどうすれば――」
「諦めましょう」
「お、お前までもかぁぁ!」
 追い詰められたナスターシャは伸びた隼人へと視線を向ける。
 こ、こいつのせいで……。ナスターシャは大きくため息を吐き目を閉じる。葛藤が生じていた。
 ほんの数十秒で、ナスターシャは閉じた目を開くと隼人を一瞥し嘆息を吐いた。
 ナスターシャは落ちたシルク生地を拾い上げ身体に巻きつける。
「……情熱的……か」
「え?」
「い、いや、こっちのことだ。気にするな。さてそれでは――」
 中指と親指で作った輪――要はデコピンのようなもの。で宙を弾く。すると何処からとも無く風が生まれ、その風は隼人の身体に纏わりつくと容易に隼人の身体を浮かび上がらせた。
「そのお方、一体どうなさるので?」
「ん? どうするも何も、見たところ結構な傷を負っているからな。とりあえずは手当をしてやらないとならんだろ?」
「……多分、最後のナスターシャ様の一撃が一番ダメージあると思うのですが」
「何か言ったか?」
「い、いえ! 何も! ……そ、それで? 掟について、は?」
「……し、仕方あるまい。私もこの年でまだ死にたくはないしな……」
「それでは!」
「……それではも何も拒否権が無いんだぞ……す、するしかないだろ――ほ、ほらほら! この話は一旦ここで仕舞いだ。出るぞ!」
 侍女達との会話を一方的に打ち切ったナスターシャは浮いた隼人を連れ湯殿の入り口へと向かう。その後ろを嬉しそうな顔をした侍女達が慌ててついて行った。

「――おいおい。えれぇとんでもないことに巻き込まれやがったな」
 事の次第を大雑把にではあるが教えられたガイナはどのような反応を返してやればいいのか悩む。ガイナだけではなく、グールバロンも。特にグールバロンは色恋の類の話が苦手なため、我関せずを決め込むことを決めた。無言無言と。
「やっちまった……やられちまったのは事実だとして。お前、どうすんだ? マジで結婚する気なのか?」
「ああ。こればかりはどうしようもない。隊の将である私が掟を軽んじることは到底許されたことではないのでな」
「なんともやっかいな掟なこった。……だけどよ?」
「ん? なんだ?」
「なんであの野郎はお前の唇を奪うようなことをしやがったんだ? この国の人間じゃねぇ余所もんだぞあの野郎。そう考えるとよ、恐らくお前んとこの掟なんてもの知らねぇんじゃねーのか?」
「……そ、そう言えば……そうだな……んんん?」
 ナスターシャは今気付いた。口吻が婚姻の儀というお堅い『掟』があるのはこの国、しかもナスターシャ率いる隊内部だけにということに。ナスターシャが教えられて持つ口吻の概念を隼人にも適用させていたのだ。それ故に、隼人がナスターシャの唇を奪ったことに対して、ナスターシャは『私を奪いに来た』とか『それほど私のことが』とか『私が欲しいのか』というような、早とちった何ともお花畑チックなことしか頭に無かったのだが、実際は隼人の持つキスの概念とナスターシャの持つ口吻の概念はとんでもなく違うのだ。そう思うとナスターシャはものすごく不安になってきた。
「彼には真意も何もありませんよ? 奪うようにけしかけたのは私なのですから」
 突然意外なことを口にしたミュアブレンダが二人の会話に加わってきた。
「ミュアブレンダが? それはどういう事だ?」
 真相を告げるミュアブレンダ。淡々と言い淀むことなく説明を続けるミュアブレンダとは逆に、ナスターシャは真相を聞かされるにつれ顔色がどんどんと淀んでいった。え? あ? は? やはりあの口吻には深い意味はなかったってことなのか?
「あぁ~……こりゃ流石になんて言ったらいいのか分かんねーわ。国のためによかれと思ってやったことだとは思うけどよ。お前、これじゃあナスターシャ同様に野郎も被害者じゃねーか。あの野郎は掟のこと知らねーんだしよ。……これがもし、掟のことを知っていたとすれば、けしかけられたとしても野郎はしなかったんじゃねーか?」
「それについては否定はしません。なにせ、そうなってしまう恐れがあるから私も彼には掟のことは話さなかったのですから」
 それを聞いたガイナは芝居がかったように大袈裟に身体を振るわせた。
「おぉ……怖いこったで。ま、こればかりは俺がどうこう言える問題じゃねーからよ。お前ら当事者同士でジックリ話し合ってくれよ。……そんじゃそろそろ出るとしようかね。長居し過ぎたせいで鼻の調子がどうもな……」
 そう言い残したガイナは、気落ちするナスターシャを置いて湯殿の壁にポッカリ開いた開口部へと歩いていく。そんなガイナを、侍女達は少し冷たくないかな。と思いながら見ていた。が、途中何かを思ったのかガイナは踵を返し戻って来た。
「……どうした。まだ何かあるのか?」
 ガイナはナスターシャへ身体を近づけると肩にポンと手を置き、顔を耳元へと寄せる。
 なんだなんだと怪訝そうな顔をしたナスターシャに、ガイナは小さな声で話しかける。小さいといっても注意して聞く耳を立てれば周りの侍女達にも聞こえるくらいの声の大きさなのだが。
「……何だかんだあるけど。お前、それほど野郎のこと嫌じゃねぇだろ?」
「なっ!」
 図星か。とガイナはニヤリと笑う。ちゃっかりしっかり聞く耳を立てていた侍女達も二つの意味で顔を綻ばせる。
「野郎の話をしてる時のお前の顔。お前自身気付いてねぇだろうが、珍しく女の顔してたぜ?」
「う、嘘!」そう言ってナスターシャは赤くなった頬に両手をあてた。
 すぐにナスターシャはしまったと後悔した。
 ガイナはナスターシャの肩をポンポンと叩く。
「そう言うこった。あんまり深く考えんなよ。結婚結婚で頭ん中いっぱいだろうと思うけどな、別に今すぐにしろってわけじゃないだろうよ? お前、今までしたことないだろ? 恋愛。だからよ、今回のこれを機にまずは恋愛ってもんを経験してみたらどうよ?」
「……が、ガイナ」
 ガイナの言葉に少し胸を打たれたナスターシャであったが。じきに、ん? と、なんか釈然としないモヤッとした気持ちになった。そもそも恋愛に奥手なのはガイナも同様。親切心からくる助言だとは重々承知するのだが、言っちゃ悪いが筋肉バカのガイナ如きに諭されるのは負けのような気がした。
「――俺が言いたいのはそれだけだ。ま、後はさっきも言ったように、これはお前らの問題だからな。結局肝心なところはお前が決めねぇとな」
 そう言ってガイナは背を向けると「じゃあな」と手をヒラヒラさせた。
 何も言えないままにガイナの背を見ていたナスターシャだが、忘れていたことをふと思い出す。
「ガイナ!」ナスターシャは急いでガイナを呼び止める。
「ああ?」振り返るガイナ。
 立ち止まったガイナのもとへナスターシャの方から歩み寄って行く。その際、
「シャンテ、カイ、チェリア、フォンティール、ついてこい。実行させてやる」
 ナスターシャは一緒に付いて来るよう侍女達を促した。
 黒髪ロングのシャンティ。薄青い色をしたショートヘアのカイ。若干赤みの強い茶髪ロングを、普段は頭の高い位置で結んでいるテイルヘアのチェリア。ほんのりと紫色が混ざった感のする茶髪セミロングを普段は内跳ねて整えてるフォンティール。四人の侍女は突然名前を呼ばれたことに驚きつつ急いでナスターシャの後ろをついて行く。実行と聞いて思い当たるのは一つしかない。もう胸は大変なことになってる。
 ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ。
「なんだぁ? ぞろぞろと引き連れて……一体何用だ? ……つか、お前ら顔真っ赤だぞ。のぼせてんじゃねーのか? ……だ、大丈夫か?」
「ん? ああ、こいつらのことは大丈夫だから気にするな。それよりだ。お前さっき私に恋愛を経験してみたらどうか。とか言ってくれたな?」
「ああ、言ったが。それがどうかしたか?」
「そう言うお前はどうなのだ? 恋愛というものを経験したことはあるのか?」
「は? 俺? なーに言ってんだ。んなもんあるわけねぇだろが。第一、俺はそんな面倒くせぇもん端から興味ねぇんだよ」
「そうか」
「んだよ、話ってそれだけか? んじゃもういいな……たくっ」
 ガイナはブツクサと聞こえない声で文句を垂れながら背を向ける。湯殿に籠もる、ガイナにとっては悪臭とも言えるクソ甘ったるい匂いに相当参っていた。この時ばかりは今まで意識したことのない呼吸がやけにウザく感じた。
 ナスターシャは侍女達に少し下がるよう左手で促す。黙って素直に従う侍女達。
「――良い機会だ。お前も私と同じように恋愛を経験、いや、結婚してみてはどうだ」
「は? 何言ってや――あぁん?」
 ガイナが振り向くと眼前に飛び込んでくる何か。ナスターシャのかざした左手がガイナの視界を遮っていた。「……何やってんだよ」払いのけるガイナ。視界が広がる刹那、ナスターシャの右手が青白く鈍く光っているのを捉えた。
 次の瞬間。ナスターシャはその場で回転し、遠心力を加えた風属性掌底をガイナの腹へ見舞った。完全に虚をつかれたガイナは為す術無く勢いよく壁面まで弾き飛ばされた。受け身もままならず乾いた呻き声と共に呼吸が一瞬止まる。
 い、いきなり何を? 絶句する侍女達。ドキドキがハラハラに変わる。しかしまだ終わってはいない。
「乱心したか! ナスターシャ!」
「――ユエン ディラ キ マイラ――」
 グールバロンの問い掛けを無視したナスターシャは独特な発音で、短い詠唱を終えると同時に右手、手の甲から肘にかけて五つの小魔法陣が浮かび上がる。
 一気にガイナとの距離を詰めるナスターシャ。
「やめぬかナスターシャ! ミュアブレンダ! そなたもなぜ黙って見ているのだ!」
 私、無関係ですから。と一言残したミュアブレンダは意思の繋がりを自己遮断した。
「て……てめぇ、それ……正気か?」壁に背を預けるガイナはナスターシャの右手の魔法陣を見るや否や、我が目を疑った。意図が全く掴めない。痛みで歪んだ目はナスターシャを睨む。
 浮かび上がる魔法陣。それは、風杭弾陣――通称バレットアンカーであった。
「私は至って正気だ。悪いが少しの間大人しくしていてくれ」
 魔法陣の浮かんだ右手を突き出す。
「くっ……誰が!」
 無論、ハイそうですかと従うわけもないガイナはその場から跳び離れる。が、明らかに動きが鈍い。
「無駄な足掻きを……」
 一度の瞬きを終える。たったそれだけだが、もうその時にはガイナの右肩を無色透明、見えない杭がガイナを貫き、ガイナもろとも壁に撃ち込まれていた。しかし実際には貫いてはおらず、感じる痛みが『貫いた』と錯覚させているのだ。浮かび上がる五つの魔法陣の内の一つが弾けて消える。それが引き金で残りの弾頭が次々と放たれガイナに撃ち込まれる。
 向かってくる閃弾にガイナは舌打ちし、そして抗うことを諦めた。
 バスン。とけたたましく鳴り響く弾音の連続に侍女達は身を縮こまらせ目を背けることしか出来ない。
 魔法によって生み出された。見えない杭によって壁に貼り付けられるガイナ。ナスターシャの右腕からは全ての魔法陣は消え去り、代わりにガイナの右肩、左肩、右脇腹、両太股と、撃ち込まれた五つの箇所と背後の壁、同じく五カ所に魔法陣が浮かび上がりガイナの動きを抑圧する。撃ち込まれたことに苦悶の表情を浮かべるガイナであったが、『男』ガイナは激痛に小さく掠れた声を上げるに止め、何が何でも絶叫だけはしなかった。
 このバレットアンカー――効力を発揮している間は対象者に激痛を与えるが、効力が消えると今までの痛みが嘘のように消え去る――と言うように最終的には『痛み』も『錯覚』にされてしまう。純粋に攻撃を目的とした魔法ではない。のだが、今はまだ『錯覚』ではなくリアルな激痛がガイナを襲っていた。詠唱者であるナスターシャにはガイナが受ける激痛がどれほどのものかよく分かる。故にガイナの持つ精神力に胆力……ガイナのタフさにナスターシャは心底呆れるばかりであった。
「……おい……これは一体どういうことだ」
 ナスターシャの突然の暴走。青くなったガイナの頬をイヤな汗が止めどなく伝い落ちる。
 湯殿に険悪な空気が漂うが、その状況を作り上げた張本人であるナスターシャはさして気にする様子もなく、ガイナの前に立つ。すぐ後ろに付いて立つ侍女達は心底申し訳ない気持ちで溢れ、出来ることなら今すぐこの場から逃げ出したかった。
「どういうことも何も、だからさっき言っただろう? 少し大人しくしていてくれと」
「ああ? それがどうしてこの仕打ちになる?」
「アンカーのことか? なに、お前が素直に聞き入れてくれるとは思えなかったのでな。ちょっとばかり強引なやり方を取らせてもらった。」
「聞き入れない。だと? ってことは、俺が到底納得できそうにない話ってことか?」
 ガイナは、会話をしつつ身体に力を込めていた。長兄的存在であるアルベセウスと違い、ガイナとナスターシャの実力は拮抗している。如何にナスターシャの唱える魔法の一つ一つが強力とは言え、ガイナが為す術を無くすほどまでとは言えず。今、効力を発揮しガイナを抑圧するバレットアンカーも、何とかしようと思えばガイナならどうにか出来るのだ。
「やめておけ。無駄に被弾を増やすことになるだけだ」
 ガイナはそれを聞いてあっさりと力を緩めた。ナスターシャがその気になれば、バレットアンカーの弾数を今の五発から倍の倍の倍の倍の倍くらいまで増やすことが出来る。延々と続くイタチごっこに付き合うのはゴメンだ。ガイナは素直に、バレットアンカーの効力が切れるのを待つことにした。
「賢明な判断だ。私も人を痛めつけるのは性に合わん。たとえそれがガイナであったとしてもな」
「……よく言うぜ。ちっ……それで? 俺をこんな目に遭わせてんだ、相応の目的がお前にはあんだろ? ……さっき結婚がどうたら言ってたが……なぁんか悪い予感しかしねぇんだがな……まあいい。とりあえず聞くだけ聞いてやるからさっさと言え。こっちはいい加減こっから離れてぇんだよ……いてぇし」
「なんだ、まだ分からんのか。本当にお前はつくづく鈍い男だな。さっき言っただろう? 『結婚』してみてはどうか、と。ほら、それに対してのお前の答えは?」
「んなもんするわけねぇだろ」
「だろ? お前のことだ。そう言うと思ったから、私は前もってアンカーをお前に使ったんだ。動きを封じさえすれば後は好きに出来るからな。と、言う事で……お前ら出番だ」
 前に出るよう促された四人の侍女達であったが、一歩、たった一歩足を踏み出すのを躊躇してしまう。先程までの高揚にも似た意気は消沈し、逆に萎縮してしまっていた。それでも、将であるナスターシャの言葉を無視する事は決して許される筈もないと分かっている侍女達は勇気を出して前に出るしかなかった。
「は? ……ち、ち、ちょっと待て。い、一体どういうことだ? この四人は?」
 ナスターシャの横一列に並んだ侍女を残して、今度はナスターシャがガイナのすぐ横に移動する。
「右から――カイ、シャンテ、チェリア、フォンティールだ。どうだ、悪くないだろう? お前の結婚相手だ。喜べ、しかも見てのとおり一気に四人だ。俗に言うハーレムというやつか? うむ、けしからんな。実にけしからんな」そう言ってナスターシャは腕を組む。
 無言になったガイナが横のナスターシャに視線を向ける。同じくナスターシャも視線だけをガイナに向けた。二人の間に何とも言い表すのに難しい空虚な雰囲気が漂う。勿論四人の侍女達も気まずい。『出来る』に超した事はないが、なにより望む最上な結果なのだが、何も、別に今する必要性が感じられない。ムードもへちまもない。場の雰囲気は最低最悪。ただ一人、全く意に介した素振りを見せぬナスターシャを除いて。
「……誰と誰が結婚するって?」
「だから、お前と、この目の前にいる四人だ」
 ガイナは視線をカイ、シャンテ、チェリア、フォンティールと順に向ける。それぞれがガイナと視線が重なると恐縮そうに小さく頭を下げた。最後、視線を戻したガイナは小さく溜め息を吐いた。
「……何言ってんだか。そんなの認めるわけねぇだろが」
「お前が認めなくても、既成事実さえ作ってしまえばお前の意思なんて関係なくなるだろ?」
「既成……事実、だと? ……………………っ! い、いやいやいやいや! それは無理っ! ダメっ! 絶対無理! 却下! 却下却下却下! 出来るわけねぇだろうが!」
「うるさいやつだな。だからお前には選択の余地は無いと言っているだろう」
「――ナスターシャ。さっきから黙って聞いておれば……お主少しばかり横暴が過ぎるぞ」
「そ、そうだそうだ。グールバロンお前からもこのバカにガツンと言ってやってくれ」
「うむ。任せておけ! ナスターシャ、そもそもだな、最近の――」
 へっ。何とも頼りになるヤツだぜ。ガイナはグールバロンの存在がとてもとても頼もしく思えた。断言してやる。コイツは俺の生涯相棒だ。
「グールバロン。あなたは全くの無関係なんだから少し黙っていてもらおうか。それでもまだ口を挟むというのであれば……あなたにもアンカーを使わせてもらうことになるが?」
 応答がない。どうやらグールバロンは脅しに屈して意思の繋がりを遮断したようだ。
「……つ、使えねぇ……」
 即座に前言を撤回したガイナであった。
「――さぁて。耳障りな邪魔者もいなくなってくれたことだ、サッサと事を済ませるとしようか。なあ? ガイナ」
 ガイナは首を振る。この世に生を受けて二〇年。一世一代の窮地に陥るガイナ、少し動いてもかなりの激痛が身体を走るが、気にして庇う余裕もない。
「無理だっつってんだろーがぁ!」
 ナスターシャは跳び退く。釣られて侍女達も慌てて跳び退いた。
 叫ぶガイナの闘気が爆発的に膨れ上がる。大量の闘気を噴き出すガイナ。その闘気の流れをアンカーでは押さえ込むことが出来ず、シルエット見えぬアンカーは割れ散ったような鋭い音だけを残して消失した。
「――ユエン ディラ キ マイラ――」ナスターシャはすぐに新たな杭弾を補填する。右腕を蜷局を巻くように、バレットアンカー七十五発分の小魔法陣が浮かび上がる。
「ナスターシャ。てめぇ……ちょっとばかり調子に乗りすぎだ」
 ガイナは首をコキリと鳴らすと右手を、掌がガイナの方に向いた状態で前に出した。
「――ヴァンディエン リッヒ リン カークス――」そう呟く。
 今は亡き巨人の一人。かつてグールバロンに戦い挑み敗れ去った者の名前を呼んだ。掌に頭大の光玉が現れると、瞬く間に掌を包み込み、そして光玉は消えた。その手には一枚の奇怪な、一つ目オーガをモチーフにした面(オモテ)が握られていた。
 ある程度の抵抗も、頭の片隅にではあるが予想は出来ていたが、まさか。ガイナがこの様な行動に打って出るとは思っても見なかったナスターシャは舌打ちする。
 ランス又はスピアーという武器も持たず。ましてや今のナスターシャは得意とする騎馬上ではない。誰がどう見ても、先程までナスターシャにあった歩がガイナに移ったのが分かった。
 しかし、ガイナも面を手に持っただけで、顔に掛ける素振りを見せない。余裕が伺える表情で、ガイナはナスターシャの『次』に取る行動を牽制していた。
 お互いここまでやる必要ねぇだろ? よく考えろ、と。
 リンカークス。ガイナが唱える事が出来る三つの『召喚魂』の内の一つ。
 召喚魂とは、今は亡き歴戦の猛者の魂を呼び出し我が身に取り入れ同化する事によって、一時的にではあるが肉体構造を人間とは異なる仕組みに変化させ、飛躍的に戦闘能力を向上させることが出来る、魔法のようで魔法でない、ある条件を満たす事によって初めて使用が可能になる特殊術式。
 ガイナは現在『巨人三兄弟』と呼ばれる三つの召喚魂を唱える事が出来る。
『力』の次兄リンカークス。
『知』の長兄キュロッケウセス。
『技』の末弟ケイルノープロシズ。
 ……太古の時代から今に至るリーンハルス歴史上、グールバロンが主役となって歴史に名を刻む時が存在した。
 ――リンカークス、キュロッケウセス、ケイルノープロシズの巨人三兄弟と当時の『巨の紋章憑き』であった将軍ルベロとの死闘を演じた『一神ノ時』だ。
 『一神ノ時』に起こった出来事の詳細は今回端折らせてもらうが、今をご健在なグールバロンを見て分かる通り、あの時の死闘の勝者はグールバロンであり、そしてその時行ったある儀式によりグールバロンは三体の巨人の力を手に入れる事になった。
 それがガイナの持つ三体の召喚魂となっているのだが、それはいずれまた……機会が出来た時にでも話そうか。
『一神ノ時』――それは英雄が生まれたのと同時に、悲劇が生まれた日でもあった。

 話が少し逸れたが、戻ってナスターシャ。
 ナスターシャは腕を振るって浮かび上がる魔法陣を消し去る。ガイナはそれを見てホッと胸をなで下ろしたのだが、それも束の間。ナスターシャは侍女達に湯殿から一時離れるよう指示を出した。
 後ろでガイナが叫ぶ。
 だがナスターシャは気にすることなく、ひたすら狼狽するだけの侍女達に再び湯殿から出るよう指示を出した。先程までと打って変わって静淡な顔付きに変わったナスターシャを見て何かを感じ取ったのか、侍女達は何も言葉を残す事が出来ず、黙って従うしかなかった。
 急いでその場を離れる侍女達。
 何でこの様な事になってしまったのか、みんな半泣きになりながら湯殿の出口まで一直線に走っていた。
「きゃっ!」
 先頭を走っていたチェリアが湯殿出口に入ろうとした瞬間、出会い頭に出てきた『何か』にぶつかり、その拍子に可愛らしい悲鳴を上げて尻もちをついた。チェリアは痛みを口にするよりも、周りがチェリアを心配するよりも、『何か』を理解した侍女達は驚き真っ先に姿勢を正した。
「済まないな。どこも痛めたところはないか?」
「だ、大丈夫です!」
「そうか、なら良かった。……ところで――」

「……おい。一体どういうつもりだ?」
 ガイナは苛立ちを含んだ低い声で言う。
「何がだ?」
「何がって……ちっ……お前さ、いい加減にしろよ? なんでお前がそこまでする必要があるんだ?」
「ああ、その話は今は置いておこう」
「あ?」
 ナスターシャは怪訝な表情を見せるガイナを無視し、一人話を進める。
「単純にな。その気になったお前と手合わせがしてみたくなっただけだ。そんな時に邪魔になる者がいたのでは、発揮できるものも出来ないだろ? 私もお前も」
 その言葉を聞いて、ガイナは呆れ笑った。
「……俺も舐められたものだ。いいぜ、誰かのためじゃなく、お前がただ純粋にやりたいって言うのなら俺もやるまでだ。ただし、だ。後になってあの時のあれはフェアじゃなかったとか言うんじゃねぇぞ」
「誰が言うか。お前は私が不利だと思っているかもしれんが……ふっ、そのような気持ちで戦いに挑むと逆に足をすくわれるんじゃないのか? 心配は無用、全力で掛かってくるがいい」
「バカが……リンカークスはそんなに甘くねぇぞ」
 ガイナは面の内側に指を掛け、器用にクルリと回し握った面を顔に近づけていく。この能力は身内には使いたくは無かった。咄嗟の流れとは言え、面を出してしまったことにガイナは内心悔いていた。召喚魂は副作用も併発されるのだ……
「百も承知だ」
 ナスターシャは本番さながらに気を引き締めた。
「――そこまでだ」
 戦いの火蓋が切って落とされる寸前、湯殿に男の声が響く。ガイナとナスターシャの意識は自然と声のした方へと向いた。
 そこには、ゆっくりとした足取りで二人の下に向かってくる男の姿。
『火の紋章憑き』、そしてリーンハルス王国最強の将軍――アルベセウス・ガンルークその人であった。
 ガイナとナスターシャが向かい合う、丁度間にアルベセウスは歩を落ち着かせると腕を組んだ。
 外に出ていたのか、それともこれから城を出るつもりだったのか、アルベセウスの服装は完全なる装備で固められていた。
 王国紋章の刻まれたスティール製プレートが両肩部分にリベット留めされた、赤を基調にしライン取りを黒で仕立てたコートを着たアルベセウスの腰には剣帯ではなく、黒みを帯びた鎖を通した厚く大きい魔導書が対に下がる。赤衣の背には『三神』を意味する『トライアングルフォース』のエンブレムが金色鮮やかに縫い描かれていた。
「――そこの入り口でナスターシャのところの者達に聞いたが……お前ら何をバカな事をやっているんだ、まったく」
「そいつはナスターシャに言ってくれ。オレは被害者だっての」
 ガイナは面を指で引っかけ、クルクルと回しながら言う。
「だから、お前と侍女との話は後に回すと言っただろう」
「……つくづく呆れる。この話も、どの話も私は一切関与するつもりはないし好き勝手にやればいい。だが、やるなら場所を少しは考えろバカモノ。お前らは気付いてないだろうが、お前らがバカやってるせいで湯殿の外は興味と不安を覚えた兵士達で溢れかえってるぞ」
「マジ?」
「嘘を言ってどうする。とにかくだ、続きがやりたいのであれば城の外、城から離れた場所に移ってから好きなだけやり合えばいい。そもそもナスターシャ。お前が事の発端者だと聞いたが、らしくないな。お前ともあろうものが、その少しの事が考えられぬとはな」
 アルベセウスの言葉に、ナスターシャはピクリと眉を動かし、ガイナは肩を竦めた。
「……まあ、なんだ。アルベセウスは外に出ていたからまだ知らねぇと思うけど、な」
 とりあえず、役目を与えられる事もなく必要の無くなった面を手の上から消したガイナが視線をナスターシャに向けた。ガイナに視線を向けていたアルベセウスもその視線を追ってナスターシャを見た。
 視線を向けられたナスターシャは、自らが作り招いた喧噪の状況が忘れさせていた『あの出来事』を思い起こしてしまっていたのか、頬をほんのりと赤らめていた。女性の顔になっていた。
 まるで珍しいものを見たような、眉間に皺を寄せたアルベセウスは、ここに来るまでの途中に擦れ違う兵士達が口々に言う言葉を耳にしていたことを思い出すと、視線をガイナに戻し問う。
「そう言えばガイナ。お前が不審な紋章憑きを相手にしたと耳にしたが――」
「ん? ああ、そいつだ……とっ」
 大事なカタストロフィーがそのままに放置されているのに今頃気が付いたガイナはトコトコと取りに行く。
「そいつ?」
『そいつ』とは何を指しての『そいつ』なのか。あまりに漠然とした答えが返ってきて、さすがのアルベセウスもガイナの言った言葉をそのままオウム返しするしかなかった。
「ああ、悪い悪い。『そいつ』ってのがその紋章憑きなんだがな、よっと……そいつが……だな、アレだ……チュッチュだ」
 ガイナは手に取ったカタストロフィーを易々と肩に担いで見せるが、実際は相当な重さなのだろう、剥がれて脆さが見えるとはいえ、ガイナがカタストロフィーを担いだ瞬間に足下の大理石風の床タイルがパキリと割れる。
「は?」
「チュッチュだ、チュッチュ。そいつ、あろう事かナスターシャとチュッチュしやがったみたいなんだよ」
「チュッチっ……こ、口吻か?」
 危ない危ない。危うく釣られてチュッチュと言いそうになったのをすんでのところで回避出来て、アルベセウスは内心ホッと胸をなで下ろした。自分がどのような人物像に形成され受け入れられているのか十二分に理解している、故に己が発する言動には日々常々注意を払っているのだ。
「そうそうそれだ、それ。それをな、やられちまったみたいなんだよ。な? ナスターシャ。な? な? な?」
 先程の仕返しみたいなものも含まれているのか、ガイナは軽々しくあっけらかんと言う。
ナスターシャを辱めることでガイナは鬱憤を晴らそうとしていた。そして見事にナスターシャはガイナの期待に応えてくれる。ナスターシャの顔はみるみると熟れたイチゴのように赤く染まっていった。愉快だ愉快だと、にやつくガイナ。
 が、ガキめ……覚えていろ。ナスターシャは小さくポツリと毒突いた。
 驚いてるのか、そうでないのか、どうにも掴み取りにくい――つまりはそれほど変化の見られない――表情のアルベセウスはナスターシャを見た。一瞬目が合うも、逃げるようにナスターシャは目を逸らす。
「今ガイナが言った事は本当なのか?」
 ナスターシャの目が泳ぎに泳ぎまくり、やがて、
「……ああ」
 小さい声ではあったが、ナスターシャははっきりと認めた。認めたおかげで、また隼人への意識が一層強くなった。
 少しの間が生まれる。
「……そうか。それでお前はどう考えてるんだ?」
「わ、私は……するつもりだ。隊の将としても示しがつかんしな」
「……なるほどな。で、お前自身はどうなんだ?」
「私? 私……私は……分からない。……分からないけど……」
「嫌ではない、ということか」
 問いに答えなかったナスターシャではあったが、キュッと肘を抱いた。その仕草で、アルベセウスの問いに肯定したものだと受け取るには十分だった。
 アルベセウスは声に出すことなく笑った。あのナスターシャも辿りゆけば普通の女性と変わらぬと言うことか。これでナスターシャが冷静さを失っていたことに対して合点がいった。そう思えば自然と次に生まれる興味は、相手となる紋章憑きだ。
「ガイナとやり合い。ナスターシャの唇を奪った男か。面白いな、なかなか興味を引かれる。それで、その男の姿が見えないようだが今どこにいるんだ?」
 さっと見渡すがそれらしき男の姿は見受けられない。
「ん。ああ、そいつナスターシャにチン○コ蹴られて今死んでる」
「……つまらぬ冗談は今はいらん。どうして悪い気のしないと感じた相手にそのような仕打ちをせねばならんのか。デタラメすぎるぞ、それでは」
 デタラメな奴で申し訳ない。ナスターシャは「うっ」とチクリ胸が痛くなった。でもこればかりは口が裂けても言いたくなかった。いや、言えるはずがない。あんな卑猥な口吻をされたなどと……知られたのは侍女達だけで十分だ。
 ここでナスターシャはなぜかハッとしたのだが、これにはガイナとアルベセウスの二人は気付かなかった。……ナスターシャは何にハッとしたのだろうか?
「それは知らん。オレも具体的なことは聞いてねぇし。てかコイツ話そうとしねぇし」
 冗談ではなかったのか。アルベセウスは視線でナスターシャに経緯の説明を促す。
「す、すまない。こればかりはどうしても言いたくないのだ。悪いが引いてくれないか」
 ナスターシャの心底申し訳ないといった表情がアルベセウスの追究心を削ぐ。
「……そうか。話したくないのであれば無理強いは出来んな。――よし分かった。それでは男の意識が戻り次第、姫様を交えて『この先』のことを話し合うとしよう。如何なる理由にせよ紋章憑きが我が国にやってきたのは事実。出来ることなら我が国の戦力として荷担してもらいたいものだな」
「そこんとこはお前に任せるわ。んじゃ、解散ってことで」
 そう言ったガイナはとにかく、匂い籠もるこの場から早く離れたかった。
 黙って頷いたナスターシャも早く侍女達に合いたくて堪らなかった。口吻の件、口外しないようにでっかい釘を刺しておかねばならなかったのだ。冗談抜きに、ナスターシャにとっては一刻を争う重要な問題。これがさっきナスターシャがハッとした理由だった。

 二人が湯殿から出て行き、最後一人残ったアルベセウスは『この先』について、思いを張り巡らせていた。
 アルベセウスが一人になるのを待っていたのであろう、憑き神である『火神』イーヴェルニングが話しかけてきた。荒々しい感じが聞いて取れる、若年男性の声だ。
「……これでなんとかなるんじゃねぇか?」
「ああ。男の持つ紋章の力がどれほどのものかは分からぬが……それでも紋章憑きだ。一騎で当千分の力を見積もることは十二分に出来るだろう。まあ何にせよ、男が力を貸してくれなくては話にならんがな」
 嘆息を漏らしたアルベセウスの表情に険しさが増す。
「――よりにもよって『魔神』が攻め入らんとするときに『地食』が我が国で起きるとはな、それも二つ」
「まあこればっかは愚痴ったところでどうにもなんねぇよ。そんな時に丁度紋章憑きも現れたんだ、まだこっちにも憑きは残ってると思っておこうぜ」
「ふっ、確かにな。少し私らしくなかったな――さてそれではナスターシャの旦那となる男の意識が戻るのをのんびり待つとしようか」
 いつもの、余裕を携えた表情に戻ったアルベセウスは湯殿を後にした。

 隼人が意識を取り戻したのはそれから四時間後。日も傾き始めた頃だった。
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